このセッションは、もの作りの将来や可能性などについて、MIT Media Lab の所長を務める “Joi” こと伊藤 穰一氏と IDEO CEO の Tim Brown 氏による対談として行われた。なお、背景には IDEO が MIT Media Lab と共同で行っている Made in the Future のプロジェクトがあるようだ。
まずはじめに、行動による学習ということについての議論があった。この背景として、もの作りに使われるツールそのものが急速に進化してきており、高度な専門知識を仮に備えていなかったとしても、自由にツールを使いこなしながら何かを作れるようになってきたという事実がある。これにより、何かを作るにあたっての手順や設計を理論的に考えるということと、純粋にどういうデザインのどういうものが作りたいという創造的に考えるということとの距離がどんどん縮まってきている。すなわち、作りたいものを人間が直感的に表現できるように道具が進化してきたということである。究極的には、将来の「道具」は、何かを作りたいという意図をそのまま表現できるような、脳の拡張機能としての位置づけが期待されるだろう。
ところで、その過程では人間の意図を汲み取るためのセンシングの発達が欠かせない。最新の研究では、人間の心拍数のように「目に見える」値の変化だけではなく、無意識のうちにある定性的な指標を数値化できる手段が登場してきた。たとえば、作業をしているときのストレス レベルの推移を図るような研究がある。またコンセプトデザイン段階ではあるものの IDEO の心の変化を読み取る繊維などもいずれ可能となる日が来るかもしれない。
さて、もしこのようなセンシングが可能だとすれば、次に起こりうるのはどのようなイノベーションであろうか。そのようなセンシングによってその場のムードに応じた情報のキュレーションが考えられるだろう。たとえば、寂しいときに心を癒してくれる音楽をサジェストしてくれるようなアプリだろう。このような技術はとても興味深いものであるが、いっぽうで人間の心をどこまで正確にセンシングできるのだろうかという技術的限界に関する議論もあろう。人間は社会性のために心を偽ったり、虚をつくことがある。たとえば友人にご飯に誘われたとき、満腹だったとしても、ちょっとした嘘をつくことだとかがそうである。果たして、センシングではそのような社会的な嘘を認識できるだろうか。この限界を突破するには、センサー (機械) そのものが社会性というものを理解しなければならないのかもしれない。
議論は最後、このような次世代のもの作りは、われわれの生活にどのような影響をおよぼすのか。またそのためには、どのような社会やコミュニティの体制がもとめられるのか、ということに達した。最初に挙げられたのは、ものづくりの民主化だ。中央での大規模生産的なスタイルをより分散させていくことへの理解が必要だということだ。換言すれば、現在のハードウェア作製のような取り組みは大きな工場で作られて消費者に届けられるというスタイルであるが、これをより消費者側から作っていけるようなシステムの整備ということである。こうすることで、グローバルで画一化されたものをローカルにカスタマイズした質で消費者がアクセスできるようになるということであった。
二つ目に触れられたのはバイオ工学である。つまり生物のシステムを利用したものづくりだ。現代のもの作りにおいて、この可能性は無視できないだろう。例として、以前は化学繊維の生産を複雑な化学合成のパイプラインに頼っていたところを、生合成の仕組みに着目しつつ効率的に生産させたということが触れられた。生合成のメリットは、自律的なエラー訂正メカニズムである。ある目的成果物への理想的な経路での製造プロセスが達成できるよう、システムが自動的に全体最適化を行うということである。じっさい、MIT Media Lab では、どんなものであっても製造プロセスのための基礎を用意すれば、それを自律的に「成長」させることで製造できる、という研究をしているのだそうだ。
MIT Media Lab の Mediated Matter Group による Silk Pavilion
最終的には、上記の2つを組み合わせることも夢ではなかろう。いまや生物の遺伝子情報へも用意にアクセスできる時代になっている。幸い、以前は数千万円もするような機器を、小学生が興味の向くままにものづくりに活用するという流れも生まれてきた (ref. Fab-lab)。遺伝子情報を切り貼りしながら生合成し、バイオ工学的手法でトライ アンド エラー方式でもの作りができるような時代がくるのも遠い将来のことではないのかもしれない。