本日のキーノートはアメリカの天体物理学者である Neil deGrasse Tyson 博士による宇宙・科学に関するスピーチである。

本セッションではまず Neil deGrasse Tyson 博士のドキュメント番組である Cosmos: A Spacetime Odyssey の紹介が行われた。FOX テレビで明日から公開だ。ちなみに冒頭では米オバマ大統領による 30 秒のイントロダクションがあるそうで、このことからも国家としての科学教育への態度も伺い知ることができる。

その後、「科学者とは?」ということについて語り、一般人の宇宙の大きさについての認識を問いかけた。博士のスピーチはとても魅力的であり、会場は終止笑いが絶えなかった。内容はもちろんであるが、博士の語り口調だけでも彼の世界観に引き込まれるパワーがあった。

博士曰く、科学者とは無邪気な子供そのものである。論文や成果のために争うことは本当の科学ではなく、ただ楽しい事を夢中になってひたすら追求することこそが科学と述べている。知的好奇心の旺盛さという点から、科学者を子供と重ねて語る人は多いが、本当に子供のように楽しそうに科学についてのエピソードを語る博士の言葉は、とても説得力があった。

実際に博士は、自分の息子が卵を床に落として割ってしまい、中身が散らばった光景を見たところ、「これが鶏なんだよ」と伝えたというエピソードを紹介していた。このとき彼の息子は非常に驚いていたようだったが、そのことは彼の息子にとって大きな勉強になったに違いない。もちろん、親にとっては家を汚されることは嫌であろうが、それ以上に子供の教育のためになったというなら喜ぶべきことだ。このように大人は躊躇せずに、日常の失敗から子供にサイエンスを体感させる事の重要性を述べていた。じっさい「卵一個の値段でサイエンスの教育ができるのなら安いものだね」といい、会場を笑わせた。先人の “The price of ignorance costs more than the price of knowledge.” (無知にかかるお金は、知識を得るのにかかるお金よりも多い) という言葉にも大いに頷ける。

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聴衆からの助けも借りつつ、地球と月、また地球と火星との距離についてのちょっとした実験が行われた。博士がビーチボール大の地球を持ちだして、会場の参加者に月はどのくらいの位置にあるべきか、と問いかけたのである。ステージに上った男性は、博士から 2 メートルくらいの位置に月を模したボールを持っていったが、当然ながらこれは実際の距離感とは全く違うものである。実際には、男性がステージ脇の階段から降りたところまで進まなければいけないほど離れているべきであり、そのことに筆者も含め会場一同から感嘆の声が漏れた。

このとき、博士は「教科書に書かれた月と地球はむりやり1ページに入れているため嘘を書いているんだよ」と冗談を言っていた。また「君たちが宇宙で無重力を体験すると言っているツアーは実はこの地球儀上で2mmしか離れていないんだ。これって宇宙って言えるかい?」と皮肉を言っており、会場は再び笑いが満ちあふれた。

また、地球以外の生命体の存在を想像するにあたり、元素の周期表の話も飛び出た。すなわち、もし広い宇宙に別の生命体がいたとしたら、どのような物質の構成からなっているだろうか、という空想上の議論である。有名なものでは、周期表で同族に位置し、炭素の次の周期にあるケイ素からできる生物が SF にはよく登場するが、博士としては、宇宙の物質の多さの分布などから考えても、そんな可能性は低いのではないか、と言っていた。ちなみに「炭素は結合が 4 つだから友人が周期表で一番好きな原子は炭素なんだ」というエピソードなどを持ち時間がなくなっても持ち前の語り口調で話し続け、終止会場は和やかなムードに包まれていいた。

筆者の感想としては、博士の素晴らしいスピーチとその内容が興味深いのはもちろんであるが、SXSW のオーディエンスは科学へ大いに興味があるようであり、多少アカデミックなジョークを言っても会場が盛り上がっていたのが印象的であった。モデレーターによれば米国では 80% の人が先端技術に興味があり、60% の人が科学を学びたいという統計があるそうだ。このアメリカ人の科学技術への興味の高さが、現在のアメリカが技術大国でいる大きな理由ではないかと筆者は実感した。

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